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わが投資術③ ヘッジファンドへの道 23/30

今回は

清原さんの伝記

いかにして伝説のヘッジファンドマネージャーになったか

 

その概略を今回は列挙

 

1981年

東京大学国際関係論学科卒業後

野村證券に入社

 

金属機械産業担当のアナリスト

⇒1か月で海外部門の社員では出世できないことを発見

転職が頭によぎる

そこで野村證券での目的は海外留学に

野村證券の商売のやり方にも疑問

 

1984年

スタンフォード大学MBA

サマージョブで見習いアナリスト

 

1986年

野村證券NY支店 日本株営業担当

米国の証券アナリストの資格取得

複数のヘッジファンドと出会う

ヘッジファンドが自分の夢になる

 

1991年

ゴールドマンサックス 日本支店に転職

転換社債担当

ヘッジファンドが夢でなくなってくる

そのための自己資金をためるために外資系金融機関で働く

 

1998年

タワー投資顧問でヘッジファンドをローンチ

ヘッジファンド業界に飛び込む

 

前から疑問に思っていた

日本の金融機関が

自社の利益にこだわり

顧客を設けさせることに責任を持たない姿勢

 

今回の清原氏の伝記を読んで

まさにそれが真実だったこと

それもかなり極端にやっていいたことを知り

少々おどろく

 

現在は野村證券も過去のようではなくなったらしい

銀行では海外というと出世コースだが

野村證券では国内にいないとだめらしい

聞いてみないとわからない

でも著者は無事野村證券で海外留学それも

スタンフォードに留学させてもらい

外資のゴールドマンサックスに無事転職

そしてファンドマネージャーとしての夢をかなえる

ことになるのだから

やはり強い意志を持って人生を歩むことは大事だ

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